王様時代と監守時代

「今帰仁城の歴史」の記事一覧

今帰仁城と琉球北部支配
今帰仁城は約240年間、琉球北部を支配しました。今帰仁城主として、王様が3代続きました。後に首里城の支配下にはいり、首里から派遣された監守が9代にわたって今帰仁城を治めることになりました。火の神、石灯...
首里城に敗れたハンアンチ王
今帰仁城の最後の王様となる3代目の時代には朝貢貿易が行われ、全盛期でしたが、首里城に敗れてしまいます。今帰仁城の王様時代の後、監守時代となります。火の神、石灯籠だけでなく、碑文も監守時代のものです。
薩摩軍が攻めてきた!
琉球王国が統一されて後、中国との朝貢貿易は毎年おこなわれるようになり、琉球は繁栄していました。そのころ、日本は徳川家康が江戸幕府を開きました。ご存知のように、江戸幕府は鎖国政策をとっていました。一方、...
今帰仁城に大鳥居
今帰仁神社?実は、戦前今帰仁城は神社に変わろうとしていました。日本の政策により、琉球の城を神社にする計画がたてられたのです。数年前まで、今帰仁城の入り口に大きな鳥居が建っていました。今でも鳥居の土台は...
抜け道と避難壕になった洞窟
今帰仁城内に大隅の洞窟と呼ばれる、自然にできた洞窟があります。今帰仁城周辺は石灰岩地帯なので、長い年月のうちに浸食作用によって、小さな鍾乳洞ができます。周辺には10以上の自然の洞窟が見られます。今帰仁...